ストーリー解説: Expedition 33
1.
概要
Clair Obscur: Expedition 33 は、フランスの Sandfall Interactive が開発し Kepler Interactive から 2025 年に発売されたターン制 RPG である。ディレクターを務めた Guillaume Broche が個人的な Unreal Engine のプロジェクトとして始めたものが原型で、開発はパリとモンペリエで進められた。日本の JRPG への深い敬愛を出発点に持ちながら、それを模倣するのではなく「フランスの RPG」として作るという明確な意志のもとに生み出されており、ベル・エポック期のパリを下敷きにした美術、Lorien Testard による濃密な楽曲、そして絵画というモチーフが全編を貫いている。
戦闘はコマンド選択を基礎としながら、敵の攻撃に対するリアルタイムの回避とパリィを要求する。コマンド RPG の組み立ての面白さと、アクションゲームの手に汗握る緊張感が一つの画面の中で同居しており、ターン制でありながら被弾をゼロに抑えて戦い抜くことすら原理的には可能という、独特の手触りを持つ。キャラクターごとに大きく異なる戦闘ロジック、ピクトスとルミナによる能力の自由な組み替えなど、ビルドを練る楽しさも深い。
しかし本作を語る上で最も重要なのは、戦闘でも探索でもなく、その物語が観る者に強いる感情の振れ幅だろう。一見すると「巨大な敵を倒すために旅立つ遠征隊」という王道の構図から始まりながら、その前提は章を追うごとに静かに、そして容赦なく裏返されていく。プレーヤーが愛着を持った地点でこそ最も深く傷つくように設計された構成は、単なる驚きの仕掛けではなく、喪失・記憶・赦しといった主題を体験そのものとして観る者に背負わせるためにある。最後にプレーヤーへ突きつけられる選択は、物語の結末を決める分岐であると同時に、ここまで旅をしてきた自分自身が何を大切にしてきたかを問う鏡にもなっている。
解説: Expedition 33 - PROLOGUE. ルミエール
物語の始まりは海上の孤島都市ルミエール (Lumière)。対岸には超現実的な大陸 (The Continent) が広がる。67 年前に起きた崩壊 (Fracture) により大陸から切り離されて以来、一年に一度、大陸でペイントレスと呼ばれる巨人が目覚めモノリス (Monolith) に数字を描く。…
解説: Expedition 33 - Act I. ギュスターヴ
プロローグでは、海上の孤島都市ルミエールを舞台に、毎年大陸のペイントレスがモノリスに描く数字に達した市民が花びらのように霧散するゴマージュの様子が語られた。発明家ギュスターヴは恋人ソフィーを今年のゴマージュで失い、その悲嘆を抱えたまま、養妹マエル、第 33 遠征隊員とともに大陸へと出航した。…
解説: Expedition 33 - Act II. ヴェルソ
Act I は、上陸直後の浜辺で白髪の男の襲撃を受けて第 33 遠征隊が壊滅するところから始まった。生き残ったギュスターヴは、合流したルネ、屋敷で再会したマエル、ジェストラル村で加わったシエル、伝説の生物エスキエとともにパーティを再編成し、ペイントレス討伐を目指して大陸を進む。…
解説: Expedition 33 - Act III. マエル
第 33 遠征隊はモノリス頂上でルノワールとペイントレスを撃破し、数十年来のルミエール市民の悲願であるゴマージュの停止を成し遂げた。ルミエールへの凱旋後、アリシアから託された手紙によってこの世界の構造が明かされる。…
2.
他作品との連関
本作をプレイしていると、国を問わず数々の名作の記憶が呼び起こされる。これは模倣ではなく、作り手が浴びてきたものへの敬意が随所に滲み出ているということだろう。あくまで個人的な連想として、いくつか書き留めておきたい。
謎を抱えた市民が外界へ繰り返し遠征し、進むほどに世界の前提が揺らいでいく構図には進撃の巨人を、中盤で主人公格が唐突に失われる衝撃にはファイナルファンタジー VII を思い起こした。頼りになる年上の女性が二人並ぶ布陣と、若く危うい少女という配置、そしてコマンドの途中に小気味よくアクションする戦闘はファイナルファンタジー XIII を連想させる。「自分たちが生きていると信じていた世界が実は誰かの作り出した虚構で、自分は人間ですらなかった」という根本の主題と、それを支える音楽の力は NieR シリーズと深く共鳴している。自然の中を走り回り、垂直の壁や塔を登攀していく感覚には Ghost of Tsushima を、失われたクロマを集めて画布の市民を取り戻していく終盤の構図には Dr.STONE を重ねた。仮面の守護者が見せる「嘘で真実を守る」という性質には、チェンソーマンの闇の悪魔のような不気味さだった。
これらはいずれも厳密な影響関係を主張するものではなく、本作の懐の深さが、観る者それぞれの記憶の中の名場面を引き寄せる磁力を持っていることの証として受け取ってほしい。
3.
この記事について
本作は、断片的に提示される情報を観る者が自分の中で組み上げて初めて全体像が結ばれる構造を持っている。一度のプレイでは拾いきれない会話、見落としやすい背景、二周目で初めて意味が反転するカットシーンが各所に仕込まれている。加えて、日本語のテキストだけを追っていると、場面の展開が速く、誰が誰に何を言っているのか、その一言が物語のどこに接続するのかを掴みきれないまま通り過ぎてしまう箇所が少なくなかった。本稿はもともと、そのような取りこぼしをすべて調べ上げるだけの価値がこの Clair Obscur: Expedition 33 の物語にはあると私が確信するに至ったことから書き始めたものである。
とりわけ解釈に迷った場面については、日本語訳だけに頼らず、英語やフランス語の原文に当たって確かめることを心がけた。本作は舞台がベル・エポックのパリを下敷きにしている通り、人物名や地名、いくつかの台詞にフランス語の語感が織り込まれており、言語をまたいで初めて像を結ぶ仕掛けが随所にある。こうした多言語の層をできるだけ掬い上げ、確定した事実と、そこから導かれる複数の読みとを分けながら書き進めた。
この記事の内容はゲームの攻略を記したものではない。想定している読み手はの一つは、エンディングを見終えて「あれは結局なんだったのか」を確かめたい人。物語の中でどう語られ、何がプレーヤーの解釈に委ねられたかを考えるための手がかりになればと思う。もう一つは、クリアから数年が過ぎ、ふとこの作品を思い出した人。忘れかけた物語の輪郭をこの記事でもう一度なぞったとき、あの世界をもう一度歩いてみようかという気持ちが少しでも湧いてくるなら、書き手としてこれ以上に嬉しいことはない。プレイ前の方にとっても物語の骨格を掴む地図にはなるはずだが、本編の結末まで含めた重大なネタバレを全面的に含む点だけはあらかじめお断りしておきたい。
最後に、本稿は物語を文字に起こし、その構造や心理を解きほぐすことに紙幅を費やしているが、ストーリーを情報として知ることは、この作品の魅力のほんの一部分でしかない。役者の声と間が運ぶ感情、登場人物の表情の機微、画面が静かにモノクロームへ転じる瞬間の息を呑むような演出、Lorien Testard の楽曲がここぞという場面で胸を締めつける呼吸、そして何より、コマンドを選びパリィを刻みながら自分の手で物語を前に進めていく手応え、こうしたものは、あらすじを読んで分かった気になることとは全く別の次元にある。もし本稿を読んで結末まで知ってしまったとしても、それでもなお実際にプレイする価値はいささかも損なわれない。むしろ、何が待っているかを知った上でもう一度あの世界を歩くとき、初回には速すぎて通り過ぎた一つ一つの表情や台詞が、まったく違う重みを帯びて立ち上がってくるはずである。